蚊。

玄関を開けると、正面から大きな蚊がこちらに向かって直進してくるのがわかりました。
一メートルほど手前まで来ると、右へ直角に曲がりました。
ボクは、ボクの存在に気がつき、慌てて方向を変えたのだと確信しました。
それほど、蚊の行動が極端なものだったからです。
数日まえのことです。
その事件は忘れていました。
  
漆喰作業が一段落し、シャワーを浴びようと風呂場に入りました。
昼間にシャワーをすることはめったにないことです。
扉を開けると、湯船に足の長い蜘蛛、洗い場にバッタがいました。
どちらも、大慌てです。
扉を開けてから、ボクが一歩踏み出すと同時に行動を起こしました。
特に目が合う場所、手の届くところに行くと、動きが早くなるのです。
ボクのことを意識していることは間違いありません。
そして、彼らの観察は、ボクの全体を見ているのではなく、目に注目しているのではないか、その時感じました。
  
吉野の蚊は刺さない。
ボクは当初、そんな風に思っていました。
奈良の蚊と違って、真っ黒で大きな蚊です。
音も大きいし、あんな蚊に刺されると病気になりそうです。
昔、「パタゴニア探検記」を読んだ時に、「人間と触れ合っていない蚊は刺すことを知らない」という記述があったことを思い出しました。
吉野の蚊も、パタゴニア並だと思っていました。
10年で、蚊の方も変わりました。
  
蚊だけでなく、ボクの周りの昆虫はボクという動物を観察の対象にして、経験則を蓄積しています。
コウモリ、トカゲ、トンボ、アリ、カメムシ、その他ボクの周りに現れる連中はそれぞれ個性的です。
はじめに書いた「蚊」の行動も可笑しいくらい極端なのです。
そこで、もう一つの気づきを書きたくなりました。
  
今年の夏は、蚊に沢山刺されました。
蚊取り線香はタイマー付きで、時々つけます。
外で作業や食事の時で部屋のなかでは滅多につけません。
ボクのほうが線香にやられますから。
殺虫剤は置いてありますが、これは蜂対策です。
  
刺されることが増えただけではなく、ボクの気づきは刺される場所です。
何処だと思いますか。
シャワーを被りながら「そうか」と気づきました。
視野に入らないところ、手の届きにくいところなのです。
膝の裏側、足、背中、腕は腕でも肘の裏側、そんなところに集中しているのです。
左右ともに同じようなところにブツブツと。
新しいものも、古いものも。
ボクは、初めて気づきましたが、彼らはいつの頃からか安全な血の吸い方を研究していたのです。
そして、その情報を彼らのなかで共有しているのです。
ボクと目があった蚊が急遽右へ90度旋回するということや、ボクが現れるとカメムシがソワソワするのもそのあわわれです。
  
3日ほど前、久しぶりにコウモリと会いました。
洗面所の敷いていある新聞紙に糞や小便の後がないので最近は来ていないと思っていました。
しかし、新聞紙を汚さないように便の排出を遠慮していたようです。
便が落ちていないけれども部屋を覗きました。
一匹、ぶら下がっていました。
彼の方も気がつき少し身体を動かしました。
ボクは、「オイ!」と声をかけました。
動きません。
「オイ!、ヨ」と再び声をかけると天井から離れて部屋のなかでバタバタしました。
ボクは「すまん、すまん」といってその場所から離れました。
部屋からでてきた様子はありませんから、再び天井にぶら下がったのだと思います。
  
コウモリとの関係も一段の変化がありそうです。